渋沢栄一

人物

 2021年大河ドラマの主人公、2024年一万円札の顔。いったいどんな人でしょう。

 江戸末期、埼玉県の深谷市に農家の家に生まれます。家族は藍染の藍を仕入れて、染めたりして、売っていました。お父さんの藍の買い付けにいつも一緒に行っていたので、いつの間にか藍の目利きができるようになっていました。ある日、自分で藍の買い付けに行く事になり、そこで商才を発揮したのです。ビジネスの感覚が鋭くて頭のいい子供でした。

 学問も好きでした。子供の頃から論語を大事に読んで勉強していました。論語とは孔子の儒教の経典であるところの、人の生きる道、道徳が書かれているものです。江戸時代では儒教を大きく扱われていました。

 17歳、農家の子供だからといって、差別されていたことから、政治に興味を持つようになりました。はじめ尊王攘夷派につきました。天皇を敬い、外国の侵略を撃退しようとする思想です。江戸幕府という古い国家を倒して、新しく強い国家をつくろうとしていました。

 ところが、24歳、ひょんなことから江戸幕府である一橋家である、のちの徳川慶喜の家臣になって働く事になったのです。

 フランスは幕府を応援していました。徳川はパリ万博にパビリオンを出展する事になり、栄一はフランスに行く事になりました。ヨーロッパを見て衝撃を受けて日本に戻ってきます。その頃日本では大政奉還しており、徳川慶喜は静岡に蟄居していました。慶喜に好きなように生きなさと言われ、

 29歳、日本初の株式会社、商法会所を設立しました。銀行、貿易、商社のような内容です。ヨーロッパでは一般から資金を集め、儲かれば出資した人に配当金を与えるという、文化を学び実践したわけです。

 政治家の大隈重信に国家を手伝ってくださいと言われ、大蔵省に入りました。そこで郵便制度、廃藩置県、戸籍法、鉄道開業、新貨幣、富岡製糸場、国立銀行条例、地租改正などを手がけ、近代化を全部、推し進めて行きました。円という名前も決めたのです。

 33歳、大蔵省を辞め、民間の育成を従事して生きて行きます。76歳まで。500以上の企業の設立に関わります。みずほ銀行、王子製紙、東京ガス、KDDI、東京海上、東京証券取引所、キリンビール、アサヒビール、帝国ホテル、東急電鉄、その他多数。銀行という名前も創案しました。金行という候補もあったそうです。

 大学も作りました。一橋大学、東京経済大学、日本女子大学。社会事業にも、日本赤十字社、聖路加病院。そんな活動の中、栄一のもとで勉強したいという若者が増えてきました。龍門社、渋沢栄一の理念に共鳴した経済人らを会員とし、会員の知識や徳性の向上を目的に活動してきた組織です。

 道徳と利益を求める経済を両立させる。利益をずるいやり方でとると絶対に長続きしません。それがみんなの為になりますか。社会の為になりますか。そういう利益の出し方がいい経済です。論語を勉強していたので、このような考えに至ったのです。論語で学んだことをそのままやり続けました。

 こんな人が何故、今までお札にならなかったのでしょう。それは、偽造防止のため、髭の多い人を選んでいたのです。令和になって、偽造防止技術はすでに進んでいましたので可能となりました。

GORO

GORO

プログラマー歴40年、63歳、上場会社で嘱託社員として働いています。直腸癌にて癌摘出手術を行い、人工肛門、ストマ生活、閉鎖、脱肛、便失禁となりました。

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