プログラマー40年と囲碁

プログラミング

プログラマー40年以上続けてきました。ビルゲイツよりも3歳年下です。彼は億万長者にになりましたが、僕は一生平社員でした。この差は一体なんでしょう。頭がいいか悪いかでこれだけ違うのです。

大学生の頃、ビルゲイツはBASICというプログラミング言語を作り、僕はFORTRAN言語で囲碁ソフトを作っていた。当時まだパソコンというものはなく、大学の大型コンピューターでカードに穴を開けて、プログラムを読ませ、印刷機で出力していました。

マイコンキッドというのが8万円で販売していたので、アルバイトして購入しました。先日イオンモールで3800円ぐらいで販売していました。キーボードが16個、16進数で機械語でプログラムを入力し、8の文字の光が出力です。

ソフトフェア会社に就職し、しばらくするとパソコンが販売されるようになりました。MZ-2000というマシンです。キーボードとディスプレイそして磁気テープが一体となっている。最初に2分ぐらいかけてBASICを読み込んで、ようやく動くようになります。

パソコンが届いた日、夢中になってプログラミングを始める。気がついたら、朝になっていた。

次に買ったパソコンはMSXです。キーボードだけで、ディスプレイはテレビを使います。作ったプログラムは外付けのテープに保存します。トランプゲームなどを作ってみました。

フロッピーディスク付きのパソコンPC-9801が発売されました。この頃から囲碁プログラムの挑戦が始まったのです。CPUはかなり遅く、石を、囲って取る判定も数秒かかった。その後CPUは毎年二倍二倍と速くなっていきました。

BASICは実行しながら翻訳をするインタープリタなので遅い。ちょうどその頃C言語が登場し、かなりのスピードで処理するようになった。

囲碁は死活の判定が難しく、石の強弱は更に難しくなるます。そんな時にオブジェクト指向プログラミングが登場しました。これを知った時、これで囲碁プログラムが作れると思いました。

囲碁プログラムの世界大会が日本で開催されるようになり、参加しました。アメリカ、イギリス、中国、北朝鮮からも参加してきました。

MS-DOS、C言語で開発して、シェアウェア3000円で販売しました。毎月20本は売れました。

Windows95が爆発的にヒットし、パスカル言語であるDelfiで開発し、4000円で販売しました。なかなか世界のトップにはなれません。

携帯電話が普及し、docomoではiモード、アプリも開発できるようになっていました。携帯での対戦型アプリを開発しました。言語はJavaです。完全オブジェクト指向の言語です。相手が打つとメールが届き、メールの一部を選ぶとアプリが起動して碁盤が表示され、打って送信します。会員が300人ぐらい集まりまして、毎日対局しています。

時代はスマホに移り、ガラケーは誰も使わなくなりました。Androidの登場です。当然Androidアプリを作りました。無料にして広告収入にしました。収益の3割りはGoogleが得ます。

そうしているうちに、韓国ではプロ棋士がAIのプログラムに負けてしまい、新聞の一面に載るほどのニュースになりました。囲碁って何だ!韓国でのアプリのダウンロード数は凄かったです。

囲碁プログラムの夢は断たれ、初心者向けの囲碁普及プログラムに方向転換しました。iPhoneの開発は苦手というか難しく、なかなか出来なかったのですが、flutterが登場してとても楽になりまさした。言語はJavaに似ているDartです。開発はVScodeというエディタ1つです。

AIの翻訳機能により、囲碁の説明を69言語で提供しています。これで囲碁を世界に広める準備ができました。

GORO

GORO

プログラマー歴40年、64歳、ネットイヤーグループで嘱託社員として働いていましたが退職しました。直腸癌にて癌摘出手術を行い、人工肛門、ストマ生活、閉鎖、脱肛、便失禁となりました。

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