村上佳代子

セックスライフ

佳代ちゃんとは文通から始まった。なんかの雑誌に住所が書いてあったので送ってみた。写真が送られてきました。背景はダムのようだった。細くてワンピースを着ていた。細いのだがふくらはぎの肉がしっかりとついている。おっぱいもかなり大きく見えた。目は細く笑顔が可愛かった。四国の池田からである。

修学旅行で東京に来るというので渋谷で会うことにした。渋谷のハチ公の近くで待ち合わせた。高校生が群がってきた。僕を見つめる少女が1人いたので、君が佳代ちゃん?といったら、よくわかったね。だって

それからどこへ行ったのだろう。記憶があまりないが、ホテルが新宿なので新宿に移動して、西口の公園で別れた。

それから電話が時々かかってきたので、お話ししたが、何を話したかよく覚えていない。実家はお寺の住職さんらしい。

それからしばらくして四国まで会いに行くことにした。長旅である。デートということでなぜかスーツを持って現地で着替えて会うことにした。そんな面倒なことしなくてもいいのに。

居酒屋に入ってビールを飲みながら再開を祝う。会話からホテルの一緒に泊まることになることがわかった。今日は先に寝ちゃダメだよ。

ホテルに入り、シャワーを浴びて、キスをして抱きしめた。その頃、僕はセックスの経験は浅く、とても上手とはいえなかった。挿入のタイミングが早かった。入っていかないのである。これは処女だ。処女の扱いはまったくわからなかった。入らないと気持ちが少し萎えてしまった。キスを何度もしたが、満足できなかった。

次の日、電車に乗り、バスに乗り、高知まで行った。坂本龍馬のふるさとである。その頃、大河ドラマの竜馬伝を見ていないのでよく知らなかった。知っていればもっと感慨深いものになっていただろう。海岸で写真を撮る。僕がプレゼントした腕時計をしている写真だ。体が細くて引き締まっていて、とても可愛い。

「彼女作らなかったの?」と訊かれた。

「作ろうと思ってもできるものじゃないし」と答えた。

ここまで仲良くなったのに、僕の彼女になったという意識が全く生まれなかった。

一つだけ嘘をついていた。年齢をもっと若く言っていたのだ。別に嘘をつく年齢じゃないのに。当時26歳ぐらいだと思うが、若い人にとってはもうおじさんと思われてると思っていた。男は年をとっても若い女にはモテるのです。とうのは、年を取ってからわかったことである。

なぜか彼女の写真が手元にない。どうしたんだろう?結婚した時に捨ててしまったのだろうか。思い出はとっておくものである。

その後、しばらくして誰かと結婚することにしたらしい。それ以来、連絡もとっていません。

GORO

GORO

プログラマー歴40年、64歳、ネットイヤーグループで嘱託社員として働いていましたが退職しました。直腸癌にて癌摘出手術を行い、人工肛門、ストマ生活、閉鎖、脱肛、便失禁となりました。

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